12.日本は白人崇拝の国

「日本に行ったら、まず富士山を見たいです」
 ブラジルに生まれ育った日系二世の青年は、夢見るように言った。生粋の日本人である彼の老いた両親は、その昔、移民として彼の地に渡り、営々辛苦して彼ら子供たちを育てあげた。いまや子供たちも成人し生活も安定した。しかし、世界に冠たるこの物価高の故国に、二十四時間もかかる飛行機代を払って、おいそれと帰ることは難しい。
 ちゃんと働いているとはいえ、青年とて同じである。自分で釣ってきたなまずを刺し身にして舌鼓を打ち、老母手作りの豆腐やなっとうに目がない青年。いつかお金をため訪れる日のために、一生懸命日本語を勉強している青年。「小川」を「おがわ」と読むのに、なぜ「小鳥」は「おとり」でなく「ことり」なのですか?とわれわれ日本人たちに質問する青年。
 僕がポータブル・ワープロをたたいて、同じ発音の日本語が、たちどころにいくつもの漢字に変化するのを、目を丸くして見入っていた青年。
 「日本人は頭が良くて勤勉だから、こんな素晴らしい世界の大国になりました。皆さんのおかげです。僕たち日系人はとても鼻が高いです」
 そうわれわれに何度も繰り返した青年。
「それから東京タワーを見て、青函トンネルを見ます」
「確かにそういう技術やお金を持っていることでは、世界で超一流になりました。でも本当の国の力はそれだけではないので・・・」
 僕が金持ちにしては、文化に金を出さない国であることを説明しようとしたら、厳しい現実を、同行の年配の日本人が青年に教えた。
「君は見てくれは全くの日本人だけども、言葉はまだ駄目。白人なら言葉が駄目でもチヤホヤされるが、君が自分は外国人だといってもばかにされるだけ。日本はそういう国です」
 周りの日本人全員が大きくうなずいた。あのときの青年の、戸惑いに満ちた悲しげな顔を、僕は忘れることができない。