15.同じアジア人をなぜ蔑視

 よその国に住み実体験を積むことは、本で読んだりテレビで見たり、観光で訪れたりするのより、その国を理解するのに格段の実効がある。永年ヨーロッパに住んだ強烈な実感である。
 難民が続々たどりついてきて、今話題になっている(平成元年六月)。
 品川にある難民の国際救助センターは定員の二・五倍が詰め込まれ、機能はまひ状態だそうだ。日本政府が自ら決めた難民の定住枠は一万人で、現在の定住者ははるかに目的に達しない六千二百人。しかるに、難民施設はこのありさまである。
 世界の難民は千二百人で、それを受け入れの多い国順に並べると、米国の百万人を筆頭にカナダ、中国、フランス、西ドイツ、タイ、イギリス、マレーシア、オーストリア、フィリピンの一万三千五百人、香港九千五百人、そして次に日本がやっとくる。
 ベトナムから遠いとはいえ、世界一の金持ちというタイトルがなく。しかも難民で日本定住を希望する人はせいぜい二−三割で、あとはほとんどが欧米先進国行きを望んでいるという。
 ついこのあいだ地下足袋、脚絆、ねじり鉢巻スタイルの黒人が、同じいでたちの日本人労働者と、実に和気あいあいと一緒に仕事をしている姿を見た。あれが白人であってももちろん同じことであったろう。
 われわれにとって黒人と白人は異種。
 日本人は、同種の外国人を排他する、悪い癖がありはしないか。同じような顔、肌の色、体系をしているアジアの人たちを、同等以下に見ようとする、その昔の大東亜共栄圏の盟主だと思い上がった、バカな考えがまだ抜け切っていないのではないだろうか。
 日本語が国際語でないこと、その他、難民が居つかない他の理由はあろう。だが一番の原因は、われわれのアジア人に対する優越態度にあるのではないか。彼らが日本に住んで、日本の本当の姿を理解してもらうことが、わが国国際化の第一ステップではないか。