21.自分で落とした汚物は自分で始末を

 どうしても納得いかないのが、自分で落とした水爆の後始末をしない、米国の態度である。東京新聞の「こちら特報部」(平成元年五月十一日付)で取り上げていたが、米国の説明は要約次のごとくだ。
「事故時(二十五年前、米空母から水爆を積んだ攻撃機が転落、沖縄近海、水深約四千八百メートルの改定に水没)核や高性能爆薬の爆発は起こり得なかった。しかし、深海の水圧で爆弾の構造が破壊され、核物質は海水にさらされた――つまり一時的には海水の汚染があり得た。だが、核物質は比較的短時間に溶解し、比重が高いので、極めて素早く海底に沈殿するから、現在、汚染の心配はない」
 だが、われわれの近海に水爆が埋まったのである。わが国は既に、その近くの魚類の調査を開始し、今度は科学技術庁が海上保安庁に委託して現場の深海で採水調査を始める。
 だが、これまでのところ、当事者の米国は落とした水爆の構造について何の回答もして来ない。
 また、汚染の心配はない、だから今さら調査する必要はないという理屈であろう。わが国の調査に手を貸そうともしていない。
 われわれは世界で唯一、核攻撃を受けた国で、しかもその攻撃をしたのは米国である。いかに公海のこととはいえ、近くに水爆を落とされ、二十五年もほっかぶりされた。その国民感情をくみ取ろうとしないのか。
 非核三原則を守る友好国の近くに落とした水爆は、持ち込まれつつあったのではないか、と疑われているのに「汚染の心配はない」と口で言うだけで、あとは何もしないのか。
 落とした水爆、海底に沈殿している核物質をなぜ回収しないのか。それが不可能、あるいは危険だからすべきでないのなら、なぜそう明言しない。そして、このままで百パーセント心配がないなら、なぜ自らの作業でそれを裏づけないのか。口で言うだけでは、われわれ日本人はとうてい納得できない。
 自分で落とした汚物の始末は、自分でつけるべきだ。