34.異国の電波の集中砲火

「志村喬、佐分利信なんて懐かしかったなあ!留学していたころの映画だったよ」
 ソウルのスイス人友人宅。韓国人たち、日本から着いたばかりの僕たち夫妻など、団らんの一夜。昔、日本で学んだ僕の古い友人の韓国人が、流暢な日本語で、NHK衛星放送を自宅で見た後で懐かしんでいる。若い韓国人たちには通じない話だ。
 ドイツ再統一が決まる前のことだった。
 ホテルで、日本で見る通りのテレビ放送を見て、僕たちの驚いたばかりである。
「電波に国境はないもの。東欧のドミノ現象だって電波のおかげさ」
 スイス国籍のご主人は東ドイツ出身のドイツ人。西ドイツ出身の奥さんとうなずき合いながら言う。
 ついでながら急激に統一に向かう祖国に対し、あるじはEC統合を前にして、ヨーロッパに心理的脅威を与えるドイツの再統一に反対。奥さんは、現状では再統一の可否は判断しにくいという意見である。
 「でも、きたの人たちにはわれわれの電波は届いていないようよ」
 韓国のピアニスト嬢が言う。東欧に比べ、朝鮮半島で三十八度線の壁が崩れないはそのためか。−−古都慶州では観光タクシーの運ちゃんが、日本人の僕たちへのサービスにスイッチを回してくれたのが、NHKの「のど自慢」の生放送。ホテルでは「七時のニュース」を見て、日本語の字幕のプレスリーの映画を見て・・・、と日本にいるのと全く同じである。
 電波の侵略だな、と考えてはっとした。
 いやでも流れ込んでくるのと、頼んで入れてもらうという差があるとはいえ、日本に流れているCNNニュースだって同じじゃないか。このプレスリーのロックンロール映画は?日本にだってアメリカの、いや世界中の電波が押し寄せているじゃないか。日刊のお茶の間テレビ会議も始まるという。
 文明国はみんな異国の電波の集中砲火を浴びるのが当たり前になった。
 これからの問題は、それをいかにそしゃくするかにある。