37.芸術は最高の外交官だ

 日本はプッチーニに感謝しなければいけない。あらゆる白人にとって共通の娯楽であるオペラの、この上ないレパートリーの一つに「蝶々夫人」を残してくれたからである。
 以下にシェークスピアが偉大でも、その劇は英語を解さない人には翻訳しなければ理解できない。言語が何語であろうと、音楽という武器を持つオペラは言語を超えて人の耳に入って行く。
「蝶々夫人」は極東の小さな島国の存在を先進国にアピールし続けてきた。
 しかし、彼らにとり真にちっぽけな存在でしかなかったわが国の、このオペラでの紹介のされかたは実にいいかげんであった。
 長崎港のかなたに何と富士山が見え、蝶々さんは子供を肩にかついで内またまで見せて闊歩し、畳の部屋に土足で踏み込み、坊主がちょんまげを結い、鳥居に「南無妙法蓮華経」と刻み・・・。
 そして劇の内容も、ミラノ・スカラ座での初演不成功のあと、白人向けにプッチーニは、意に反して六回も改訂を加え、最初意図したヒロインの蝶々さんの、ただ男にもてあそばれて泣くだけではない、毅然とした日本女性の意思を示す所や、親類縁者が集まって延々と続く日本の結婚式が、短縮勝つとされたものになっていた。
 戦後、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場が青山圭男の演出を入れた後、ついこのあいだ、スカラ座が浅利慶太、フランスのリヨン・オペラ座が吉田喜重と、日本人に「蝶々夫人」演出をまかせた。
 日本の姿が国際社会に浮かんできたからだ。昔のままの小国ならいいかげんな日本紹介ですんだのだ。そして、二期会が三谷礼二演出、大野和士指揮で、プッチーニが本来意図したミラノ初演版を取り上げ、先日の東京公演後、フィンランドのフェスティバルに持っていった。
 芸術はいかなる外交官にも勝って日本をアピールする。
 海部首相、保利文相。せっかく創っていただいたのだ。どうか芸術文化振興基金の充実をお忘れなく。