58. 美空ひばりとマイクの力 新聞の第一面を埋め、テレビ各局が軒並み特集番組を組み、国民栄誉賞をもらい――平成元年六月の美空ひばりの死去には、全国民が哀悼を表していたと言える。 いわゆるスター流行歌手は、マイクの出現によってできた歌い手たちである。まだマイクのないころ、イヴ・モンタン、フランク・シナトラ、ひばり等がスターになることは不可能であった。 広いホールでも聴き取れる大きなよくとおる声、作曲家が、声のテクニックや声で表現する役柄のために書いた広い音域、それらを生かすことのできる、訓練されたオペラ歌手がそれまでの主役だった。その声で人を酔わせる大歌手を聴きに万人が劇場に通った。 マイクという機械は、これだけ技術の発達した今でも、一人の歌手でも、その強大なボリュームの声はなかなかそのままの音量では拾えないが、弱声の方はいとも簡単に拾い拡大し、生の声からは発しないエコーをもつけることができる。 カラオケがはやる最大の理由は、マイクの力で、全く訓練なしに歌手に変身することができるからである。 彼らスター・マイク歌手に共通して言えるのは、生来の持ち声、それも日常の会話程度のさして大きくない音量と、だれでもが歌える、せまい音域の中での美声を持ち、そして何よりも大衆の心をつかむ歌心を持っていることだ。 その条件の時、マイクは言葉を実によく拾ってくれる。声の生理で最も無理のない中弱声、そして中ごろの音域は、オペラ歌手の訓練に比べると実に楽である。たったの半音だけ自分の音域を上げるのに、一生をかけたオペラ歌手もいる。 声の訓練に使う時間を、美空ひばりは子供のころから人前で歌うことに費やして自分を磨けた。教師について学ぶのより、お客を教師にして歌う実践の方が、はるかにゼニをとる歌手としての修業に有効だ。 享年五十二歳。 いかにマイクに頼っても、声の衰えるこれからをどう歌うかが、彼女の真価を示す時だったのに。 |