65.老人ホームのヘルパーに名実伴う表彰を

 常陸太田に西山苑という特別養護老人ホームがある。僕の父はここで八十二歳の天寿を全うした。
 散歩中に転倒し、足を骨折。都内の病院に入院、やっと足は治ったが、今度は蓐瘡で動けなくなった。ところが西山苑に移したら間もなく大きな蓐瘡が消え、リハビリテーションの結果、手すりにつかまってヨチヨチ歩きができるまでに一時はなった。若いヘルパーさん(看護人)と軽口をたたき、老人同士で将棋を指し……。
 西山苑では年一回、無記名でヘルパーさんたちの人気投票がある。ロをきけない、文を書けない老人のところには、園長とアシスタントの男性が行って、ヘルパーさん全員の写真を見せ、だれが一番よく世話をしてくれるかを示してもらう。だれに投票したかはこの二人以外わからないように配慮してある。そして毎年一番になるのが桧山さんである。
 ふだんは全く目立たないおとなしい人です、と言って婦長さんが紹介してくれた初老の桧山さんは、ささくれだった指をこすり合わせ、何もできなくて……とはずかしげに眼鏡の奥の目をしばたたかせ、あとはほとんど無言であった。あの指で父の痰を取り除き、おしめを替えてくれたのだ。
 彼女は宗教家でも、失礼だが教養人でもない。だが人が嫌がることを何の報酬も期待せず、率先して心をこめてやった。だから老人たちは、こぞって彼女に投票した。
 本当にりっぱな人とは桧山さんのような人のことを言う。父はたぶん僕の家で人生の最後を送るのより幸せだったはずだ。
 親不幸息子の自嘲をこめた本音である。
 老人は増え、施設も増える。金をかければ施設はよくなる。しかし一番大切なのはヘルパーさんである。
 桧山さんのような人は真に少ない。西山苑のように、老人たちが自分で本当に立派な人を選び、たとえその人が辞退しようとも、名誉と金でその人たちを実質的に表彰するのが、結局は良いヘルパーさんが増え、老人が一番喜ぶ方法ではないだろうか。