72.騒音を出していることを自覚している欧米人

 深夜の寝台車。寝静まった車内に酔ったダミ声の男たちが数名、どやどやと乗り込んできて、オレのベッドはどれだ、と探し始めた。寝ている人を起こしたことなど全く気にしていない。中断された眠りを取り戻すのにひと時かかり、また熟睡したら、今度は早朝にボリュームを精いっぱいあげた車内アナウンス。旧国鉄時代の、そう遠くない昔のことだ。
 睡眠薬をのみ、耳栓で遮音した僕でなくても怒り心頭にくるだろう。
 朝、起きてきた酔声の主たちは、みな立派な身なりの初老の紳士ばかり。そして、車掌は規則をたてに、前夜おこさないでくれと頼んだのに、と抗議する僕を逆になじった。
 ヨーロッパの寝台列車は、前夜車掌にちょっとチップを渡して頼めば、好みの時刻に起こしてくれ、朝食まで運んでくれる。
 睡眠は声の最高の良薬である。ホテルにチェックインする時、必ず僕は車道に面さない、エレベーターから離れた部屋を頼む。起こさないで下さい、という札を部屋のドアにかけ、耳栓、睡眠薬で武装しても深夜、廊下の大声に起こされることがままある。
 日本人だけでない。アジア、ヨーロッパの南の、開放的住宅生活の人たちは、教養、人生経験を積んでも共同の睡眠の場所、つまりホテルやマンション、寝台車などで平気で大声で話す。
 それに比べ、北ヨーロッパの閉鎖的集合住宅生活を送っているゲルマン、アングロサクソン、スラブ人たちは、人が寝ている場所のみならず、レストランでも声をひそめ、他人の迷惑にならない習慣を、教養のない人間でも身につけている。
 ところが、例えば飛行機の室内灯が消え、寝静まっていることが見えるような所では、アジア人、ヨーロッパ人、南北を問わずだれもが声をひそめる。
 要するに、他人に迷惑をかけることを自分が認識しないと静かにしないのである。
 警笛、スピーカー、工事などの街にあふれる騒音をなくすかぎは、この自覚にかかっている。