78.タクシー稼業にかけるひたむき運転手

「きれいだったでしょう、宮古島(沖縄)は。またぜひ来て下さい」
 ホテルを出たとたん、待ち受けていたタクシーから、イガグリ頭の若い運ちゃんが飛び出してきて、家人の持つカバンを後ろのトランクに入れ、発車させるや否や童顔の満面に笑顔を作って語りかけてきた。
 半袖シャツをまくりあげた腕は太く、ハンドルを掘る後ろ姿は金時さんのようである。
「岡村さん、この度はご乗車まことにありがとうございます。これから約十三分ほど空港までの間、わたくし○○がお供させて項きます。日本一、いや世界一美しい宮古の思い出に、まずい歌ではありますが、宮古の民謡をご披露させて頂きます」
 観光バスガールよろしく、一気に口調を変えてしゃべると、運ちゃんは頼みもしないのにうなり出した。僕の名前は前もってホテルで聞いておいたらしい。
「ハア………、宮………古………」
 いささか常軌を逸している。仕方なしに聞く。対向車をひょいひょいかわしつつ、高い音になるとファルセットの声をみけんにしわをよせて出し、一生懸命歌う運ちゃんの声はしわがれている。
 いつも歌っているので疲れているらしい。決してうまいとは言えない。でも終わって僕らが柏手すると、満面の笑みでもう一曲アンコールにこたえる。そして、また普通の口調に戻った。
「宮古島のタクシーの運転手は大体、農業や商売のかたわらハンドルを持っていますが、僕はこの商売一つしかやっていません。これにかけているんです。だからなんとか特徴をだそうと思って、バスガールをまねて歌っています。またぜひいらして下さい」
 二十歳の後半だという金時運転手君、空港に着くとまた笑みで顔をほころばせながら、人なつこく言った。
 近頃まれに見る、一つの仕事にひたむきにかける若者の姿を僕は南の島で見せてもらった。