79.タクシー行政へのせつなるお願い

 タクシー乗り場には行列ができ、皆、なかなか来ない車にイライラしていた。それなのに、空車の札をだしたタクシーが、列の前を何台も素通りしてしまった。
 東京の郊外の駅。行列の客にも見、芸ように、駅長名で、営業許可のない事はここで客をのせてはいけない、という張り札が乗り場にあった。
 やっと順番が来て、着けてきたタクシーに乗り込み、すぐに素通りする空車と張り札のことを、運転手さんに尋ねた。
「いや実は、われわれも別の駅では、いくらお客さまがお待ちになっておられても、お乗せすると違反になり、会社が罰せられるのです。こっちにとっても仕事になるのだし、お乗せしたいのは、やまやまなのですが」
 以後、乗ったタクシー何台かで同じ質問をしてみた。
 皆、異口同音に、乗せたいが縄張り以外の所では、違反になるからやむを得ず素通りすると答えた。
「まだ不合理なことだってありますぜ。歩行者区分帯のある十字路で、手をあげたお客を乗せると違反、だから乗せないで素通りすると乗車拒否になってしまうんだから。−−でもね、お客さん。どこで拾ってもかまわない、となったとしたらタクシーはみんな客の多いターミナルなんかに集まってしまって、客の少ない小さな駅には寄りつかなくなりますぜ」
タクシー近代化センターに聞いてみた。営業区域規制の理由は、その運転手氏の説明通りで、行政が決めているとのこと。
十字路でタクシーが止まらなくて怒る客を無知だとは言えるが、駅のタクシー乗り場の行列の中で、何台も素通りしていく空車に、乗車拒否だと腹を立てるお年寄りを「タクシー行政を知らない」と責めることはできない。
 今やタクシーは庶民の足。老人、病人、幼児など弱者の味方である。空車の素通りをなくし、タクシー過疎駅も作らない行政はできないものか。
 数カ月後、あの駅の張り札は小さくなったが、相変わらず、あの乗り場にあった。