81.世界に冠たり、東京のタクシー

 景山民夫氏が「週刊朝日」に、東京のタクシー運転手が不親切で道も知らないと、「それでもプロか、東京のタクシー運転手」なる一文を書いておられる。
 商売柄、人込みに入ると風邪をうつされる危険があるので、専らタクシーのお世話になっている者として、あえて東京のタクシーを擁護したい。
 僕はロンドンにはあまり詳しくはない。だからロンドンのタクシー運転手が、週末の夕方など、タクシーのつかまえにくい時でも乗車拒否はせず、また、覚えにくい通りを、昔は自転車、今はオートバイで足り回されて資格を取ったプロであり、世界一だ、と氏が言われることに反論できない。
 だが、道の覚えにくさは、ロンドンも他の西欧の町も、東京に比べれば物の数ではない。
 向こうの町は、どんな小さな裏道にも必ず名前がついている。道の基点である広場にも名前があり家に番号がふってあり、必ず発見できるようになっている。昔から、石の建物に高く住む習慣の西欧の人と、木造で低く住む習慣の日本人。まず道を造って家を建て、周りを囲って守り住んだ異種混在のヨーロッパと、まず家を建てて後で道をつなげた、町を囲う必要のなかった血縁社会の日本との差である。
 東京の町は何丁目何番地の何番と、ブロックに番号がついていて、道に名前がないから、どこそこの角からいくつめの信号を右に曲がり何軒目、とまことにややこしい。それを覚えるのだから、以前、東京のタクシー運転手の知能指数が世界の大都市に比べ一番だとあったのもむべなるかな。
 そして日本のタクシーの冠たる良さは、チップのいらないことである。ロンドンだってどこだって、おつりの小銭もやらずに降りようものなら、たちまちけんかになるだろう。
 もちろん、なかには客の前を素通りしたり、客の問いに一言も応答しなかったり、道に不案内な運転手もいる。
 だが、世界の大都市の中では、一番安心満足して僕は東京のタクシーに乗っている。