86.心を温めるクリスマスツリーの明かり

 北ヨーロッパの古い家には必ず暖炉がある。暖炉は一番大きな部屋に造られた。
 その昔、太陽が沈み、暗くて仕事ができない夜になると、一家がそこに集まり、暖をとりながら、まきが燃える明かりで読み書きしたりして庶民がだんらんするためである。
 木造りの家の日本では、部屋の真ん中に暖炉に代わるいろりができ、石造りの西洋の家では、火事の心配がないから、排煙のために壁に暖炉が付いた。
 暖炉もいろりも、寒さをしのぐためでなく、明かりをとるための要素が大きかった。
 それまでのローソクやオイルランプの照明に代わって、革命的なガス灯照明が登場したのが十九世紀前半。十八世紀に始まった産業革命のおかげである。まだローソクをシャンデリアや鏡で増光した、原始的照明しかない暗い劇場で上演されたモーツァルトのころのオペラは、指揮者をよく見ることができなくても演奏できるように、一定速度の音楽でしか書くことができなかった。有名な「フィガロの結婚」序曲をお聴きになるとすぐにおわかりになる。
 ガス灯出現で格段に明るくなり、さらに明るい電気照明が出現する十九世紀終わりまでのころに、アルプスの北と南で、時を同じくしてオペラを作曲したワーグナーとヴェルディという二人の巨匠の作品は、「さまよえるオランダ人」から「トリスタンとイゾルデ」へ、「ナブッコ」から「ファルスタッフ」へと一定足速度から自由速度へと変化した。ワーグナーは電気照明時代を前にして初めて、自分の作品だけを上演するように作ったバイロイト祝典歌劇場で、オーケストラを暗い舞台の下に潜らせた。各楽器の音はよりまとまり、舞台上の歌手の声はより良く聞こえた。
 照明の進化が芸術に及ぼした影響は忘れられがちである。
 今宵はクリスマスイブ。
 地の果てに行っていても、イブには一家が集まってツリーをローソクの明かりで飾り、年に一度の明るい夜を楽しんだヨーロッパの昔を、そして日本のいろり端のだんらんを、今明りに満ちた夜に生きるわれわれは忘れている。