91.人の上下関係をテレビで出すな

「オヤジ、ネギトロを手巻きで、しゃりは少なく」
「へい、ただいま!」
 すし屋で老主人に学生が注文していた。店が閉まって、ふろ屋で二人が偶然一緒になった。
「オヤジ、そのたらい取ってよ」
 先ほど同じカウンターですしをつまんでいた年配の客が、体を流しながらその学生をたしなめた。
「御主人、と言ったらどうだ。ここはすし屋じゃないんだ」
 テレビで元広島カープの山本浩二が南海ホークスの四番打者、門田選手にインタビューをしていた。
「オレたちと同じぐらいの年配の者」と言いつつ、山本の態度は大きく門田は大後輩みたいだった。
 他にもテレビの画面で、有名なプロ野球選手たちが同じような上下関係の態度を露骨にとっている例を何度か見た。
 一番印象に残るのは、当時の西武球団、広岡監督がやめた時のテレビだった。堤義明オーナーの前に、まるで使用人のごとき言葉づかいでいなされるのに、へコへコしているさまは、オーナーに対しては、監督たりとも、いかに無力であるかを、まざまざと示していた。広岡は堤オーナーの、同じ早大出身の先輩である。
 スポーツの世界には常識より厳しい上下のおきてがあるのだろう。だが、そんなことは大部分の視聴者のあずかり知らぬこと。
 ことにファンの少年たちは、なんで同じような大人が片方が偉ぶり、片方がへりくだるのか理解に苦しむだろう。
 野球だけではない。年配の部下が、若い上役にへコへコしているのを見るのは、まことに見苦しい。球界や、会社という狭い一分野のきまりで、テレビという公器に出ていることをわきまえず、人がたくさんいるにもかまわず、大きな態度をとるやつは、すし屋で客だったということだけで、長幼の序という、唯一世間で一般に通用する上下関係を無視した学生と同じく、常識をわきまえない、無礼な人間ではないか。