「ヒゲのオタマジャクシ世界を泳ぐ」より抜粋

 私の尋常ならざる様子を見て二人はうろたえた。こんなときの西洋の女性はだらしがない。映画などに貴婦人が気絶する場面がよくあるが、あれはうそではない。二人の美女はセットしたばかりの金髪をふり乱し「ヒルフェ、ヒルフェ」を絶叫した。しかし人影まばらな海岸で、言葉も通じない相手には全く効果がない。
「どうしよう!」
 二人は私にすがりついて来た。
「快速艇。ヘリコプター。救急車。ライフガードに!」
 やっとの思いで私は指図した。二人は上のダンホテルのプールにいるライフガードに向って走っていった。
 倒れたまま、私は両足を懸命に動かした。また波にさらわれそうな恐怖感がある。片足をやっと安全な砂地に運んだ頃、数人のヤジ馬が集まって来た。甲羅干しをしていた連中である。
「誰か……おぼれてるの?」
 間の抜けた英語で一人が尋ねて来た。世界中どこでも、ヤジ馬は無責任で役に立たない。
「足を動かしてくれ!」
 口から泡を出しながら、私はいらだった。
 やっと一人が私のもう一本の足を水際から離してくれた。
「誰ですか、おぼれているのは」
 しつこく好奇心を満足させようとする。
「ケルテス!」
「指揮者の!オー」
  ペチャクチャとその男は廻りにヘブライ語で説明すると、また私に聞こうとする。こっちは力つきて倒れているのだ。せめて日陰にでもかついで行ってくれたって良いではないか。私は顔をそむけて口をつぐんだ。連中は私の廻りで何かしゃべり合っている。
 その時、人をかきわけるようにして、一人のイスラエル兵士が近づいて来た。救急車の看護兵であるその男は、私を肩にかつぎ上げると、はるかに流暢な英語で、私を彼方に到着している救急車にのせることを告げた。車は砂浜には入れないのである。
「いや、ケルテスを待ちます」
 私はこばんだ。
「あなたがここにいても、何の役にも立ちません。救急車はもう一台来ます。気持ちは解るが、さあ、行きましょう」
 彼は強制的に救急車の寝台に私を寝かせて発車させた。海岸には人影がふえて救助活動が行われている。
「ケルテスは?」
 私の問いに、彼は無線で連絡をとったが首を振った。
「まだ見つかりません」
 車はスピードをあげて走った。振動で体のふしぶしが痛い。かなり走ってから、私はもう一度ケルテスの安否を尋ねた。レシーバーをかけて何か話をしてから、彼は言った。
「ちょっと前に見つかったそうです。危険な状態だが、息はあるそうです。今同じ病院に向うところです」
 病院につくと直ちに精密検査を受けた。その結果、肺に水も入っていないし、すべてが正常、但し、急激な運動で筋肉が疲労しているから、安静が必要だとのことである。自分のことより、私はケルテスのことが気になった。

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