新鋭・元気記者の観た!聴いた!感じた!
MOSTRY CLASSIC 12月号
「僭越ですが・・・」

**今月の訪問先**オペラの普及に奮戦するバス歌手 岡村喬生
日本の文化の未来を憂い ニーズの拡大を提唱

男が惚れる男−−。バス歌手の岡村喬生さんはそんな魅力に溢れる方です。強烈な個性と情熱の持ち主。勢いとユーモアのある話しぶりは、日常生活もオペラの舞台も変わらないんじゃないか?と思ってしまった・・・。
根っからの舞台人なんですね。話の視野が広い、身振り手振りが大きい、鼈甲の黒ぶち眼鏡がまたステキなんです。

9月30日、世田谷区内にある岡村さんのご自宅で取材をさせていただきました。

元気「岡村さんが言われる『芸術は娯楽なり』の意味を詳しく聞きたいです」
岡村さん「芸術を楽しむお客さんのニーズに応えるということ。日本では、主催者の都合をお客さんに押し付けるような公演が増えてしまった。これでは、聴衆は劇場に来なくなり、文化が衰退してしまうと思いませんか。来場者が楽しむことを考えて、上質の娯楽を提供するという心構えがなければなりません」

このお方はわれわれ聴衆の味方だ!

元気
「日本のオペラの現状はどうなんでしょうか」
岡村さん「特にオペラは莫大な費用がかかります。文化庁から予算をいただくためには実績がなければいけない。結局、年間に何公演というノルマをこなすことに奔走し、お客さんのことはまったく考えない。ニーズとは程遠いですね」

きびしい意見だ。果たして打開策はあるのか

元気
「オペラを身近なものにするためには、どうしたらいいのでしょう?」
岡村さん「ニーズをつくること!それには日本独特のわかりやすいオペラを作ることが最も効果があります。それと、費用をかけずに安くオペラの上演をすることです。そうすれば、公演回数を増やせるでしょう。オペラを出来るだけ多くの人の目に触れるようにして新規の聴衆を開拓するんです」
元気「オペラは決して一部分の人たちの娯楽であってはいけないんですね」
岡村さん「その通り。オペラの歴史を振り返ってみると、17世紀後半にイタリアのヴェネチアなどの港町で隆盛を極めました。それまでは特権階級のものだったオペラが商人の間に広まっていった。要するに金を出すのに値するもの、町人のニーズを満たす面白い作品がたくさん作られたのです。
 その後、イタリアを取り巻く各国に国民オペラ運動が起こり、イタリア語でなく自国語のオペラが作曲されるようになりました。自国語によるわかりやすいオペラをつくることは必然的な流れなのです」


歴史的な事実を踏まえているんだ

元気
「日本でも西洋音楽を受容してから、いくつか自国語のオペラがつくられましたね」
岡村さん「團伊玖磨さんの『夕鶴』が代表的なものでしょうね。今後も自国の誇れるオペラを作り続けていく必要があります。多くの人に親しみを感じてもらえる作品を目標にしなければいけない」
元気「良いオペラの条件ってなんでしょうか?」
岡村さん「世界で何回上演されたかというのが絶対的な指針です。プッチーニの『蝶々夫人』、ビゼーの『カルメン』などは何回も上演されていますね。
 ヴェルディとワーグナーが生まれた1813年から第一次世界大戦が勃発する1914年の100年間で、今日上演されるほとんどのオペラがつくられてしまいました」


オペラの現状は厳しいんだな

元気「新国立劇場についてもお聞かせ下さい」
岡村さん「本格的なオペラ劇場は有色人種の国では初めてのこと。これは大変なことです。オペラはもともと白人が白人のためにつくったものですから。西洋の劇場に東洋人の演出家が1人入るくらいなら問題ないんですよ。日本人が大部分を占めるとなると勝手が違ってくる。
 新国立劇場は日本人が文化を発信する劇場を目指すべき。ヨーロッパのものをそのまま輸入して上演するような世界の中のローカルな地方劇場になってはいけないと思います」


ヨーロッパで歌ってきた岡村さんの言葉には重みがある

元気「日本独自の文化発信のカギとなるんですね」
岡村さん「そうです。日本には浪曲や落語のようなすばらしい独り語りの舞台芸術があります。西洋の文化を教養として受容するだけでなく、自分たちのものとして消化して和魂洋才の環境をつくることが大切。多くの人に娯楽として認知されればニーズは拡大できると思います」


ただ西洋文化を追いかけるだけでは限界があるんだ

元気「日本のオペラ会の今後について一言お願いします」
岡村さん「すくなくとも、このままでいくと聴衆は減少の一途をたどりダメになる可能性がある。日本は経済大国ですが、文化大国といえるでしょうか。全ての価値観が金銭的なものではかられている気がしてなりません。心の豊かさを目指さなければいけない。ですが、それを公約に掲げる政治家は残念ながら少ない!」


だんだんヒートアップしてきたな。ここは要チェック!

岡村さん「例えば、メジャーリーガーのイチローや松坂は何億円も稼ぐから偉いと子どもたちは勘違いしている。彼らが高い報酬をもらうのはすばらしいプレイヤーであることが前提で、金銭的なものは結果に過ぎない。しかし、価値をはかる尺度が主客転倒してしまっている。
 やはり心の豊かさの復権が急務でしょうね。お金じゃないものに価値を見出すこと、芸術を愛する心を育てることにオペラが貢献できたら良いが・・・」
元気「岡村さんご自身の今後の抱負は」
岡村さん「これからは好きな歌を選んで歌っていきたいですね。自分が楽しむことでお客さんと感動を分かち合いたい。これが本当の娯楽ですよ。まずは自分が楽しくなくちゃ!
 そしてクラシック音楽を愛する人たちを増やしてニーズを拡大していきたい。これに尽きます」
元気「ありがとうございました」

日本人に失われた心の豊かさを掲げる憂国の歌い手。若くしてヨーロッパに渡り、帰国後に高度経済成長期を終えた日本の状況を冷静な視点で見られた文化人。芸術が社会につながっていることを再認識した取材でした。

MOSTRY CLASSIC 12月号

※雑誌掲載文のまま、取材記者田子元気氏のお名前を敬称抜きで表記させて戴きました(管理人)