来年、初演から百年を迎えるプッチーニの歌劇「蝶々夫人」。その劇的なドラマ性と異国情緒漂う音楽は広く世界中で愛され、現在でも各地で上演が繰り返されているが、日本の文化や習慣など知る由もなかった昔ならともかく、これほど発達した情報社会においても、いまだ海外ではなんとも奇妙な日本の姿が描かれている事も珍しくない。
 そんな状況に業を煮やした一人の男が立ち上がった。日本を代表するバス・バリトン歌手の岡村喬生だ。誰もが予備知識なしでオペラを楽しめることを目的に岡村が中心となって設立した「NPOみんなのオペラ」が七月二十六日、二十七日の両日、東京・住吉のティアラこうとうで改訂版「蝶々さん」を上演したのだ。蝶々さん役の水野貴子、二宮咲子をはじめとするオーディションにより選ばれた若手中心のキャストと、飯守泰次郎が指揮する東京ニューシティ管弦楽団が熱演を繰り広げ、全く新しい「マダム・バタフライ」を誕生させた。
「初演以来の誤りを今訂正」と題された今回の公演の設定はこうだ。蝶々さんは結婚相手のピンカートンの船が長崎に入港するたびに彼と逢瀬を重ね、自然にイタリア語(本来は英語)を覚えた。職業柄、長崎在住の領事シャープレスは日本語を、結婚周旋人のゴローはイタリア語を話し、ピンカートンとその妻のケートは全く日本語を解さず、他の日本人も日本語しか理解しない。そのため、日本人同士の場面では、もちろん日本語による訳詞による歌唱で舞台は展開する。
 演出、邦訳、脚色は全て岡村自身が手掛け、初めて見る人でも物語の内容が分かるようにとナレーションもこなした。
 岡村はかつてヨーロッパの歌劇場で「蝶々夫人」にボンゾー役で出演した時のことをこう振り返る。「坊主役なのになぜかチョンマゲを結って、手には鳥居を持ち、その鳥居には南無妙法蓮華経と書かれていました。もう滅茶苦茶ですよね」。その上で「いつかはこの正しい『蝶々さん』を海外で上演し、本当の日本の姿を観てもらいたいですね」と使命感に燃えていた。

高柳裕史